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[C12169]

まいどまいど・・すみません。

●90年代半ばの学生時代「ポスト」はけっこう読んでいました。
当時連載されてた矢作俊彦「新ニッポン百景」だけはめちゃめちゃ面白かったです。
週刊誌のグラビア連載のくせに「人間の写真」なんてほとんど無く、風景写真ばかりなのにあんなにスキャンダラスなものはなかったと・・・。(産廃処理場の今とか、地上げ下沈静化した後の住宅地は最近どうなってるかとか、ゴルフ場と道路で寸断された京都の山とか、ゴミが東京湾からあふれて瀬戸内海のどの辺の島に捨てられてるか?が写った航空写真とか・・・)
あれが連載出来なくなった(打ち切り)ときに、あまり週刊誌には期待するものがなくなりました。

http://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_ss_b?__mk_ja_JP=%83J%83%5E%83J%83i&url=search-alias%3Dstripbooks&field-keywords=%90V%83j%83b%83%7C%83%93%95S%8Ci&x=20&y=24

http://wiredvision.jp/archives/special/interview_writerpoet/199802270400.html

●雑誌に書かれてる文とか写真の「かかれてないところ」を想像するのは楽しかったけど、ネットのどこかにその「近似値」は載っているんじゃないか?。
答えをもう誰かが書いてるかも知れない(ミもフタもない)と言う気分になったとたんに、文章の魔力みたいなものが消えたような気がします。

●たとえばテレビはある時期から観るものじゃなくて、裏で何が起きてるかを「読むもの」になったんだな・・・と感じたのは「夕*け*ャンニャン」と「ひょ*きん族」でした。どんな女の子が出てるかより、いまなんでカメラが動揺して揺れたのか?なんで「ピー♪」が入ったのか?ってのを考えるのが面白くなった瞬間・・・ってのがどこかにあった気がします。

>この氾濫した情報社会からなにを抽出すべきなのか?
●友人の鉄道マニアでよのなかすべてのことを「列車の運賃」「運行ダイヤの正確さ」と比較して評価する人がいるんですけど・・・苦笑。
誰も見向きもしない情報・・・というか独自の価値基準・評価軸をもてる人というのは(好き嫌いは別として)さわやかだな・・・と思ったことがあります。(ちがうか)
  • 2009-04-18
  • 投稿者 : ハムニ
  • URL
  • 編集

[C12170] ありがとぅー

いやぁ、みんなのリアクションが薄くて若干さみしかったよ。
コメントありがとう。
そうそう、文章の魔力がなくなったのは同感。独自の価値観を持つことも同感なんだけど、その中で最大公約数をみつけていくのってかなり至難の業だよねぇ...
  • 2009-04-18
  • 投稿者 : かでぃぼう
  • URL
  • 編集

[C12172]

恐縮です

>至難の業だよねぇ...
うん・・・ひとつはあくまでリアリズム表現。現場主義だと正しいか正しくないかは別としておのずと独自にならざるを得ない・・・。

もうひとつはあくまでも抽象化。最大公約数的「感情」だけじゃなくて、それを感覚のほうまで広げていくことなのかな?とも思うことあるんですけど。

前者は推し進めるとガテン系な(実話**とか)ものになりがちだし、マッチョにはしりがち。
後者は結局俳句とか老人のもの(週刊朝日?)に行き着きそうな感じがして・・・。
うーん。

(そう言えば昔、ユー*ンが、曲を合作したときO田K正はどこまでいっても抽象表現の人だと感じた・・・っていってたのを今おもいだしました。そうねえ。笑。)
  • 2009-04-18
  • 投稿者 : ハムニ
  • URL
  • 編集

[C12173] だなー

感覚。うん。感覚って大事だと思う。
感情は本来の意味を失わせてしまう危険があるからね。
  • 2009-04-18
  • 投稿者 : かでぃぼう
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なぜ『週刊現代』と『週刊ポスト』の部数は凋落したのか?

なぜ『週刊現代』と『週刊ポスト』の部数は凋落したのか?

 昔のゴシップ誌の役割というのは普通の人たちが普通じゃない人たち(つまりは富裕層や政治家、芸能人など)のスキャンダルや不幸を見て、読んで「あー自分じゃなくてよかった」と自分が普通であることに安心する、もしくは自分が普通であることに幸せを感じるような効用があったように思う。
でも、この国の一億総中流家庭(ある意味究極の社会主義)の概念が崩れ、これだけの格差社会になってくると、もはや自分のことに精一杯で人の不幸を笑ってられなくなったということなんじゃないの?
 また、ネット社会による情報の氾濫によって、こんな命知らずもいるものだから、下手な業界人よりも今の素人のほうがよく裏側を知っている。結局裏側というのは、マスメディアのようなバイアスがかかってないものほど面白いんだよね。芸能レポーターの衰退などは、この影響をモロにうけてると思うんだな。
 あとは、これはモー●。とかA●B48とかの功罪だと思うんだけど、一般人とアイドル、タレントとの差があんましなくなっちゃって、スキャンダルにインパクトがなくなっちゃったんだよね。アイドルもHするし、トイレにも行くし、できちゃった結婚もするものなのよ。だって人間だものw

 となると、これからの報道は、この氾濫した情報社会からなにを抽出すべきなのか?そこがちゃんとできたところだけが生き残れるんだと思う。

yd_magazine.jpg
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4件のコメント

[C12169]

まいどまいど・・すみません。

●90年代半ばの学生時代「ポスト」はけっこう読んでいました。
当時連載されてた矢作俊彦「新ニッポン百景」だけはめちゃめちゃ面白かったです。
週刊誌のグラビア連載のくせに「人間の写真」なんてほとんど無く、風景写真ばかりなのにあんなにスキャンダラスなものはなかったと・・・。(産廃処理場の今とか、地上げ下沈静化した後の住宅地は最近どうなってるかとか、ゴルフ場と道路で寸断された京都の山とか、ゴミが東京湾からあふれて瀬戸内海のどの辺の島に捨てられてるか?が写った航空写真とか・・・)
あれが連載出来なくなった(打ち切り)ときに、あまり週刊誌には期待するものがなくなりました。

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●雑誌に書かれてる文とか写真の「かかれてないところ」を想像するのは楽しかったけど、ネットのどこかにその「近似値」は載っているんじゃないか?。
答えをもう誰かが書いてるかも知れない(ミもフタもない)と言う気分になったとたんに、文章の魔力みたいなものが消えたような気がします。

●たとえばテレビはある時期から観るものじゃなくて、裏で何が起きてるかを「読むもの」になったんだな・・・と感じたのは「夕*け*ャンニャン」と「ひょ*きん族」でした。どんな女の子が出てるかより、いまなんでカメラが動揺して揺れたのか?なんで「ピー♪」が入ったのか?ってのを考えるのが面白くなった瞬間・・・ってのがどこかにあった気がします。

>この氾濫した情報社会からなにを抽出すべきなのか?
●友人の鉄道マニアでよのなかすべてのことを「列車の運賃」「運行ダイヤの正確さ」と比較して評価する人がいるんですけど・・・苦笑。
誰も見向きもしない情報・・・というか独自の価値基準・評価軸をもてる人というのは(好き嫌いは別として)さわやかだな・・・と思ったことがあります。(ちがうか)
  • 2009-04-18
  • 投稿者 : ハムニ
  • URL
  • 編集

[C12170] ありがとぅー

いやぁ、みんなのリアクションが薄くて若干さみしかったよ。
コメントありがとう。
そうそう、文章の魔力がなくなったのは同感。独自の価値観を持つことも同感なんだけど、その中で最大公約数をみつけていくのってかなり至難の業だよねぇ...
  • 2009-04-18
  • 投稿者 : かでぃぼう
  • URL
  • 編集

[C12172]

恐縮です

>至難の業だよねぇ...
うん・・・ひとつはあくまでリアリズム表現。現場主義だと正しいか正しくないかは別としておのずと独自にならざるを得ない・・・。

もうひとつはあくまでも抽象化。最大公約数的「感情」だけじゃなくて、それを感覚のほうまで広げていくことなのかな?とも思うことあるんですけど。

前者は推し進めるとガテン系な(実話**とか)ものになりがちだし、マッチョにはしりがち。
後者は結局俳句とか老人のもの(週刊朝日?)に行き着きそうな感じがして・・・。
うーん。

(そう言えば昔、ユー*ンが、曲を合作したときO田K正はどこまでいっても抽象表現の人だと感じた・・・っていってたのを今おもいだしました。そうねえ。笑。)
  • 2009-04-18
  • 投稿者 : ハムニ
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[C12173] だなー

感覚。うん。感覚って大事だと思う。
感情は本来の意味を失わせてしまう危険があるからね。
  • 2009-04-18
  • 投稿者 : かでぃぼう
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